目の前の男はか細い声で「お金ないんです」と言い、謝罪を繰り返している。
暗い夜の道。雄斗たちが歩いていると、この男がぶつかってきた。スマホの画面に夢中だったらしい。
雄斗は溜息を吐いて、いかにも貧弱そうな男を見下ろす。高二だと聞いた。雄斗は高校に行っていないからこう言っていいかは分からないが、同学年だ。見ていて情けなくなってくる。
「一円も持ってないってことはないだろ」
少し優しく言っても、男は「え、いや」と言うだけだ。
そんな様子を見かねて、雄斗の取り巻き二人が男の背後に回り、茶化すように言う。
「何にそんな金使ってんだよ」
二人は雄斗の中学時代の後輩で、いつからか付いてくるようになった。高校に入学したとか退学したとか、聞いた気もするが忘れてしまった。
もう一人が、男のリュックを見て「あ」と声を上げた。リュックを掴み、男の向きを反転させる。女の子の絵が書かれたキーホルダーと、同じような顔が書かれた缶バッジが付いている。
「こういうのに金使ってんだ」
二人は目を合わせて、ニヤニヤと笑う。
「フィギュアとかめっちゃあるんじゃね」
「話しかけてたりして」
「自分で相手の役もやったり?」
「そりゃ返事してくれんからな」
ゲラゲラと笑う二人の言葉に、雄斗も内心で頷く。
空想の世界に浸るのは、弱い奴がやることだ。
その時、今まで俯いていた男が、ふと顔を上げた。
その目に一瞬、強い光が宿るのを、雄斗は見た。
「返事、してくれます」
虚を突かれたような気持ちになった。
――返事をしてくれる?
遠い記憶が脳裏に浮かぶ。