一
「及川さん、もうすぐ着きそうですか?」
だらだらとした畦道を、ぼうっと歩いていたその矢先にいきなり呼びかけられ、びくっと体が震えた。目を瞬くと、眩しい昼日中の光の中、黒い影法師のような後ろ姿が瞳に映る。この蒸し暑い最中に、ご丁寧にもスーツ姿で田舎道を歩く御手洗さん。ほっそりとした体と長い足、スタイルは完璧なのに、度を越した猫背のせいで、陽炎とか蜉蝣とか、わたしからさんざん陰口を叩かれている、わたしの先輩だ。
「――えっ、ああ、はい。そうですね」
答えにならない答えが出るまで、寸時の間があった。御手洗さんは背中越しに、わたしに聞いてきた。だから顔は見えない、が、じれったさに苦虫を噛み潰したような顔なんだろう。
「報告によると――ああ、そこです。そこの辻にいらっしゃるそうです。お神名はえっと……何だったかな。ちりちり……いや、ちろちろ――?」
「ちいちい小袴様。お迎えする神様の名前くらい、そろそろ覚えてください」
切れ味の良いお言葉。ばっさり殺られたわたしは、蚊の鳴くような小さな声で、すみません……と答えるしかない。
気まずい沈黙(半分以上わたしのせい)の中、問題の辻まで来た。昔は、けっこうな要の場所だったのだろう。道祖神なのかお地蔵さんなのか、よく分からない石造りの神様が置かれている。すっかり苔むして、誰にも顧みられていない。そしてその横に、同じく苔むした小さな石塔があった。
「これですね。随分長いこと、お待たせしてしまった」
御手洗さんは石塔の前に恭しく跪いて、そっと右手を差し出す。石塔が僅かに揺れたかと思うと、飛蝗が跳ねるように何かが飛び出してきて、御手洗さんの掌にチョコナンと乗っかった。
「お迎えに上がりました」
蝉の喚きの中でも、御手洗さんの声だけはよく聞こえる。わたしは後ろで、彼がする仕事をただ眺めているだけ。
「さて、参りましょう」
御手洗さんの手の上には、爪楊枝ほどの背丈しかない侍が三人ほど、疲れた顔で立っていた。