小説

『座敷童子たちの庭』川瀬えいみ(『座敷童子の伝説』(岩手県))

 両親が他界してから十数年。ツトムが生まれ育った家はとうにない。ツトムは一人っ子。亡き両親にも係累はなかった。
 つまり、ツトムの故郷に、彼を温かく迎え入れてくれる親戚は一人もいないのだ。
 畑中ツトムがそんな故郷に帰ることを突然思い立ったのは、彼が都会での暮らしに行き詰まっていたからだった。
 大学入学のために上京し、田舎者と馬鹿にされないよう虚勢を張りながら、学業にアルバイト、プライベートでも努力の日々。それなりに名の知れた企業に就職し、不作と言われた同期の中では、ツトムはいちばんの出世頭だった。
 とはいえ、勤勉と根性以外に図抜けた才もコネもない男の出世コースには、どんなに頑張っても部長職より先はない。
 へたに部長の肩書きなどを手に入れてしまったのが運の尽き。平社員に戻って、以前の部下に顎で使われる状況に耐えられず、役職定年と同時に、三十数年勤めた会社を自主退職。在職時の人脈を頼りにコンサルティング会社を立ち上げたが上手くいかず、十年で廃業。
 ローンを完遂したマンションはあるが、退職金の残額はゼロ。
 三十歳で結婚した妻は、結婚から二年後、『あなたとの暮らしは退屈すぎて耐えられない』と言い残して家を出ていき、バツイチ、子無し。
 今となっては、生き甲斐も無し。
 さて、これからどうしたものか。
 ――と迷っていた時だったのだ、ツトムが帰省を思いついたのは。
 これからどうすればいいのかわからない。だから、振り出しに戻ってみることにしたのである。

 ツトムの故郷は、いくつもの名もない小山の裾野に田んぼと畑が広がっている、まさに田舎、これこそ田園――と、胸を張って断言できるような小さな村だった。
 繰り返された市町村合併で、行政的には“市”ということになっているが、内実は“村”。“村”ですらない“集落”である。
 時に忘れ去られたかのように変化のない故郷の村が嫌で飛び出したのに、あれから半世紀が経った今、壊れた時計に支配されているかのように変わらぬ故郷の佇まいが、目に染みるほど美しい。
 二十年前に廃校になった小学校の跡地の丘の頂から、故郷の姿を眺めやり、ツトムは不思議な感懐に囚われていたのである。
 そして、思い出したのだった。学年に一クラスしかない故郷の小中学校で、九年の月日を共に過ごした一人の同級生のことを。

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