小説

『座敷童子たちの庭』川瀬えいみ(『座敷童子の伝説』(岩手県))

 庭にいた老人の一人が、声を潜める術を知らない幼児のように大きな声で、ツトムの名を呼んだのは。
 たっぷり三十秒、その老人の顔を見詰めた後にやっと、ツトムは彼の正体に気付いた――その顔の主のことを思い出した。
 彼は田中サトシ。ツトムとマモルの幼馴染みで、ツトムより数日早く都会に出ていった同級生だった。
「お、ツトム、おまえも来たんだな。そうだよな。結局最後に帰ってくるのは、生まれ育った故郷の村だよな」
 そう言いながら、小学生のように弾んだ足取りでツトムの許に駆けてきたのは、満面の笑みで顔に皺を増やした山田オサム。
「わあ、ツトムくん。我等が学級委員様! お久し振りー!」
 羨ましいくらい豊かな白髪の老婦人は、野原キクノ。
 日溜まりの庭にいたのは皆、ツトムの上京に前後して、村を出ていったツトムの同級生たちだった。
 懐かしい幼馴染みたちが、ぐるりとツトムの周囲を取り囲む。

 いったい、これはどういうことなのか。自分は同窓会に出席している夢でも見ているのだろうか?
 呆然としているツトムの前に、最後にのんびりした様子でやってきたのは、あのマモルだった。
「ツトムくん。懐かしいねえ。来てくれて嬉しいよ。ゆっくりしていってね」
 子供の頃と変わらず、どこかのネジが一本抜けているように、のどかな口調で、事情説明は一切なし。
 『座敷童子たちの家』のオーナーがマモルだということを教えてくれたのは、当のマモルではなく、最初にツトムの姿に気付いて声をかけてくれたサトシだった。
 サトシに促されて、マモルがゆっくり口を開く。
「んー……うん。僕の家は、座敷童子のおかげで栄えた家だろう? 長いこと、僕の家を守り続けて、座敷童子も歳をとっただろうと思ったんだよ。きっと、座敷爺さんになっちゃっただろうってね。だから、歳をとった座敷童子が住みよいように、家を建て直したんだ」
 そうしてできたのが、この『座敷童子たちの家』。
 老人に暮らしよい施設。かつて子供だった者たちの遊び場。
 老人だけが暮らす施設など、一人ずつ減っていくのが自然の理というものだろうに、この『座敷童子たちの家』では、なぜか住人が増えていくのだそうだった。
 五人で散歩をしていたはずなのに、数えてみると六人。十人で日向ぼっこをしていたはずなのに、数え直すと十一人。
 だが、仲間は全員、最初からいた。途中から増えた者はいないし、知らない者もいないのだ。
 子供の頃、皆で元気にマモルの家の庭を駆け回って遊んでいた頃のように。

「ツトムくんも、ここにおいでよ。昔みたいに、みんなで一緒に楽しく遊ぼう」
 幼い日々を共に過ごした懐かしい仲間たち。
 田舎者に見られないようにと無駄な見栄を張る必要もない、気心の知れた幼馴染みたち。
 マモルの誘いを断る理由は、今のツトムには一つもなかった。

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