小説

『もりそばをすする間だけ』いいじま修次(『まあだまだわからん』(山口県))

「……お前、そばすするの速いな」
 呆気にとられたような顔でそう言った木下に、
「そう? 別に普通だろ」と、もりそばを食べている康彦は答えた。
 大学生になった春。高校の時からの同級生である二人は、午前中の講義を終え、学食のテーブル席に向き合いで座り、昼食をとっていた。
 何を食べても美味しいと評判のこの学食は、昼時になるといつも多くの学生で賑わっており、特にもりそばを気に入った康彦は毎回のように注文していた。
「いや普通じゃねえよ。俺気になって見てたけど、そばを口に付けたと思ったら一瞬ですすってモグモグ噛んでるじゃん。いつもそんな感じだったっけか? ちょっと意識しないでもう一回食ってみろよ」と、大盛りポークカレーのスプーンをせわしく振りながら、木下は興奮気味に言った。
「そんな事言われたら意識しちゃうだろ」
 康彦はそう言うと、次の一口をわざとゆっくりすすって見せたが、
「ほら速いよ。っていうかもう、そばがパッと消えたとしか思えねえよ」と、木下は真顔で言った。
「はあ?」
 言ってる事が分からないと思いながら、次の一口をすすり始めた康彦がふと周囲に視線を向けると、そこには現実ではあり得ない光景が広がっていた。
 他のテーブルにいる学生、トレーを持って歩いている学生、カウンター向こうの厨房で働く数名の中年女性など、学食内にいる全ての人達が、まるで動画を一時停止させた時のようにピタッと動きを止めていたのである。
 驚いた康彦がそばをすするのを止めると、学食内は何事も無かったように動きを取り戻した。
「……!?」
 康彦はあり得ないと思いながらも、そばをすすりながら周囲を見渡す事を何度か繰り返し、現実的ではないと承知しながらもある結論に行き着いた。

 そばをすすっている間、時間が止まっている――

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