雪は静かに降り注いでくる。
羽のようにふありとした柔らかさで舞い降りてくると思えば。
指先に落ちれば、そっと冷たさを残して消えゆく。
鼠色の雲を見上げ、その空を何時までも眺めるのは私は好き。
だから、そう。
誰の足跡のない真っ白な雪原で仰向けになり、ただそっと。
息を引き取りたいと思っていたのは確かだった。
「いらっしゃいませ。遠い所からお越し戴き有り難う御座います」
上品な物腰で深々とお辞儀をしてくれる女将さん。小さな民宿ながら雰囲気のいい感じ。私は軽く会釈を返すだけだった。
「御寒う御座いましょう。ささ、奥へ。お部屋の方は温かくしてありますので」
促されるままに上がり宿の奥へ。渋く年数の色が入った柱や廊下。きしきしと踏み板が鳴る音も淑やか。
「今時期、ここ近辺は雪深くて。娯楽もない場所ですから訪れる方は少ないんですよ」
ああ、スキー場がないと言いたいんだ。そんなレジャーを“娯楽”と表現するなんて何て古風な人と思った。
「失礼な事をお聞きしますが、お一人でここに?」
私は以前、この近隣に住んでいた事があると女将さんに言った。幼い頃、短い期間だけと付け加えて。
「まあそうですか、そうですか……」
通された部屋はこじんまり。障子が外の雪の光を吸い込み更に白く映える。言った通り、部屋は暖かった。
「夕飯を先になさいますか? それとも御風呂が先でも。ええ、この時期はお客様が少のう御座いまして御風呂は何時でも……はい、それではこれで失礼致します」
正座でまた深々と御辞儀をし、そっと閉められる襖。
ちょっと不審に思われたかも。
それもしょうがない。一人でこんな人里離れた所に。
ふっと溜息ついて、落ち着かずに立ち上がって障子を開ける。
窓の外。まだ昼を過ぎたばかりで明るく雲も、雪も、眩く白を保っている。
尖り帽子を被った松の木達。想像したよりも綺麗な白い中庭は絵画みたいに綺麗だった。
こんな所にこんな宿があったんだ。私が小さい頃からあったんだろうか。
それは本当の事。確かに私は幼い頃、此処からそう遠くない所に住んでいた。
空気も、景色も、その昔と変わらない。だからふと、いえ此処だと直感したのかも知れない。
昔この地方に住んでいた頃、その年の冬は大雪だった。