小説

『ユキノシタ』洗い熊Q(『雪』)

 それを確かめる様に、私は雪を掘り始めずにいられなかった。
 本当にそうなら、きっとあるんだと。
 素手で掘って、手が悴み越えて痛くなって、それでも我慢して掘り続けて地面が見えて。
 ――新緑の芽のユキノシタを見つけたんだ。
 それがユキノシタの芽だとは限らない。春が近いんじゃなく、ここが温泉地で地熱があるからだとも想像出来る。
 でも大事だったのは今、私が一生懸命に掘った事で。何より大切だったのは、あの彼女の言葉と笑顔だったんだと。

 
 真っ赤な手をさすり宿に帰ると、女将さんが目敏く気付く。
「まあ、寒かったでしょうに。直ぐに温めないと霜焼けになりますよ」
 そそくさと何処かへ行ってしまった間、身体に付いた雪を払い落とす。すると女将さんがお湯の入った桶を持って来ていた。
「うちの温泉です。薬膳湯で菖蒲も入れてますから霜焼けにいいんですよ。冷水に交互に浸けると効果的です」
 なみなみ入った湯を持って来てくれたんだ。言われるままに湯に手を浸す。少し手に染みた。
「このまま入ってしまわれては……でもどうしましょう。お腹を空かせて帰られると思うて、もう夕飯の仕度をしてしまっていて。先にお風呂になさいます?」
 ああ、私が帰ってくると思っていたんだ。
 色々な思いに区切りを付けると、何故か急にお腹が空いているのに気付く。先に夕飯を戴くと言うと、女将さんは笑顔で仕度しに行った。

 温まった手で頬に触れると氷のように冷たく、じんわり伝わる温もりを感じ、きっと頬は真っ赤になっているんだろと思った。
 その赤みを想像すると、今度は本当に彼女に逢いに行きたいと思えた。
 まだあそこに住んでいるのだろうか。そう今度は、ちゃんと逢いに行こう。

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