小説

『キャンプ場のマッチ売り』三坂輝(『マッチ売りの少女』)

 ブームっておそろしい。
 こんな地方の山奥にまで人が来るんだもん。
 ユカは思った。
 例年なら、8月すら閑散としているこのキャンプ場が、今年は5月だというのに客で埋まっている。
 驚くのは、山をまたいだ都会からも客が来ていることだ。
 何かのウェブサイトで穴場だと紹介されたらしい。
 管理人の加藤さんは喜んでいるが、アルバイトのユカには嬉しくない。暇で人と話さない仕事だから良かったのに。高校三年。受験勉強にも専念したい。暇な時間は勉強していても良いという条件だったのに、今ではそんな暇もない。
「ユカちゃん、行ってきてくれるかあ?」
 加藤さんの声が管理室に響く。太陽は落ちかけている。
 管理室は、かわいそうになあというスタッフの思いやりの空気が満ちる。そして、早く行けという無言の圧力。
 時代遅れな加藤さんに誰か教えないのかなと思っているがユカも言わない。ランニング姿で薪を割る様子を見て以来、ちょっと怖い。加藤さんの背中は、70歳を超すのに異様に盛り上がっている。

 外へ出ると、ユカはキャンプ客に一組ずつ声をかけていった。
「お客様、よろしければマッチはいかがですか?」
 差し出したマッチ箱、ユカの無表情、キャンプ場の名前の入ったTシャツ。客は順に見てから答える。
「いりません」
 ほとんどがそっけない。
 都会から来る客は、山奥の不便さと最新ギアとの組み合わせの妙を楽しみたがる。
 彼らはユカが見たこともないような道具を持ち寄り、自慢げに火を起こす。ファイヤースターターという名前だと、チーフの里美さんがスタッフ皆に言っていた。
 近くからやってくる客はそんな道具は使わず、伝家の宝刀とばかりにチャッカマンを取り出す。
 今日日、マッチが売れるわけもない。

 たまに話をしてくれる客もいる。
「えっ、マッチ? すごいサービスだね。って、えぇっ、お金とるの?!」
「……はい」
「噂に聞いてたけれど……すごいキャンプ場だわ、ここ……」
 これは、加藤さんのアイデアだ。客が少なく使用料では稼げないこのキャンプ場で、何か売る物はないかと考えた末に思いついたらしい。
 キャンプに火は欠かせないんだから、というのが加藤さんの意見。

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