小説

『キャンプ場のマッチ売り』三坂輝(『マッチ売りの少女』)

 欠かせないんだから皆準備してくるだろ、というのがユカの意見。
 おまけに、マッチには「パブ なごみ」とプリントされている。加藤さんが昔経営していた店の物。要は余り物をお金に変えようという考えなのだ。
 皆がやりたがらないのは当然だ。味方のいないユカにいつもお鉢が回ってくる。

 一周すれば、陽が暮れる。
 地方なだけあって、土地が広い。一組一組に広いスペースが与えられているのも、このキャンプ場のほぼ唯一の売りだ。
 今日は誰も買わなかった。
 火起こしの時間帯は過ぎ、食事を終えている客が多い。
 焼けた肉の残り香がキャンプ場いっぱいに広がっている。
 お腹が空いた。早く帰って、夕食が食べたい。どうせもう、売れやしないけれど、早めに戻れば小言を聞かされそうで嫌だ。こういうときは暗がりに入り込んで時間をつぶすに限る。隠れる場所はいくらでもある。
 ユカは誰からも見られないように、木を背負って座り込んだ。
 ほおっと息を吐くと、身震いがした。5月の夜風が肌寒い。Tシャツ一枚では身にこたえる。
 マッチでも擦れば、少しは暖かいかもしれない。1本擦るくらいなら、誰にも気づかれないだろう。時間つぶしの手遊びにもなる。

 しゅっ。しゅぼっ。
 火がふくらみ、すぐすぼむ。
 真っ暗だった空間に少しの視界が開けた。
 地面に何かが落ちている。ユカは近づき、目を凝らした。そして、それが何かが分かると顔をしかめた。
 トウモロコシの芯や、ニンジンの切れ端。竹串も落ちている。
 バーベキューの跡だろう。マッチの火のわずかな光は、それらをレンブラントの絵みたいに浮かび上がらせた。客の残飯を見慣れていないわけではないが、しゃぶりつくされたトウモロコシに残った汁気まで見えて、胃が上がった。
 勢いよくマッチを振って、火を消す。

 再びあたりが真っ暗になった。
 男女の声が聞こえてきた。
 視覚がなくなり、他の感覚が鋭くなる。客のいる場所からは、かなり遠くに離れたはずでも聞こえる。
「わあっ、星が綺麗だよ」
 と女子。
「……どう?」
 と男子。

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