小説

『キャンプ場のマッチ売り』三坂輝(『マッチ売りの少女』)

「……うん?」
「……大丈夫?」
 しばらくの沈黙と、草のこすれる音。
 二人のやりとりに、胸がぞわぞわする。仲良くキャンプに来ている二人がうらやましくもあった。
 せめて自分に友達でもいれば。
 人と話すのが苦手で、高校にも友達はいない。たまに話しかけてくる女の子はいるが、こちらから友達といっていいのか。 その考えすら、おこがましくて、何も言えない。キャンプ場のスタッフにも、仲が良いと言える相手はいない。
 女子が話す。
「気にかけてくれたの?」
「……まぁ、そんな感じ」
「別に良かったのに」
「一人でいるなんて寂しいって。誰かと一緒にいるほうが楽しくない?」
「……どっちでも」
「誰かといたほうが良いよ。俺は……時間あるからさ」
 どこかに行ってほしい、とユカは思った。
 物音を立てて追い払えばいいか。マッチでも擦ればいいか。小さな火を起こして人魂みたいに見せれば、怯えてくれるかもしれない。

 ユカはまた、マッチを擦った。
 しゅっ。しゅぼっ。
 火はとても小さい。これじゃ誰も見られないだろう。体を木に隠しながら、マッチを持つ腕だけ動かしてみる。
 照らされた地面に、何かが落ちていた。
 じっと見て、
「うえっ?!」
 思わずノドから出た自分の声に驚く。
 それを聞き付け、男女も声をあげる。
「わっ?!」
「えっ?! 何? 気味悪い、戻ろう」
 二人が遠ざかる足音が聞こえた。
 マッチの火はユカが驚いた衝動で消えていた。
 ユカが見たのは、使い捨てられたコンドームだった。
 知識はあったけれど、実際に使われた物を見たのは初めてだった。キャンプ客の誰かなのだろう。生々しさに、さっきまでいた男女をうらやむ気持ちは収まっていた。

 なんだろう。
 お腹が空いたと思えば残飯、友達がいればと思えば使い捨てられたコンドーム。
 それらはマッチの火に照らされ、ユカの「ほしい」を引っ込めさせる。
 食べなくていい、一人でいい。どうでもいい。
 売れそうにもないマッチを売り歩くユカを、加藤さんも他のスタッフも何も思っていない。私がいなくたっていいんだ。
 暗闇にはネガティブな磁場がある。引きずり込まれて、嫌なことばかり考える。
 こんなに賑やかで明るい職場になるなんて思いもしなかった。いや、そんな職場になっても、こうして暗闇に一人で座っているなんて。

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