周りに言っても信じてもらえないほど今の自分とはかけ離れているが、ひまりは昔とても引っ込み思案な子であった。幼稚園の頃いつも泣いてばかりいたひまりをあの手この手で馴染ませようとしていた先生達であったがその問題は同じクラスの女の子の手によって解決した。ただその子は別にひまりを助けようとしたわけではない。その子が面白がっていた蟻の観察にひまりが興味を示し、それをきっかけに二人は仲良くなりひまりは幼稚園に通うことが楽しみになったのだ。
その子が引っ越してからもひまりは彼女のことをよく覚えていた。だから高校で十年振りに再会したときもすぐに顔と名前を思い出すことができた。喜び勇んで話しかけたひまりであったが一方相手の態度は冷ややかであった。昔は涼やかで賢く見えたその眼差しは今は氷のようにひまりの胸を突きさしていた。
「ああ、つばきちゃんね」
つばきに再会したことを告げると、懐かしそうに頷きながら母親は微笑んだ。
「ひまりはあの子のこと大好きだったもんね。大人しそうに見えてあちこち探検する好奇心旺盛な子だったよね」
ひまりもあの頃のことを思い出していた。つばきは気になったことがあったら放っておけない子であった。親に買ってもらった図鑑をいつも持ち歩いていて、ひまりにもたくさんのことを教えてくれた。
「つばきちゃん元気そうだった?」
ひまりは言葉につまった。
「元気は元気だろうけど、昔と印象はちがってたな」
ひまりの言葉に母親は「そう」と浮かない表情だ。何かを知っている気がしたが、なんとなくひまりはそれを聞けなかった。
あるとき美術でぺアをつくることになりひまりは真っ先につばきの元へといった。再会以来、しょっちゅう話しかけにいくひまりをうっとうしがっていたつばきだったがペアのことは承諾してくれた。二人で向き合いながら肖像画を描いていく。
「つばきちゃんって色んなもの観察してたよね。絵もすごい細かくて上手だった。あ、でも今はそんなリアルに描かなくていいからね。ちょっとくらい目大きくしてもいいよ」
相変わらず無視されようがひまりはつばきに話しかけていた。
「昔さ、すっごいきれいな夕焼けの絵くれたよね」
つばきが顔を上げる。その目は相変わらず冷たかったけれど瞳は揺れているように見えた。
「覚えてない」
ひまりは視界が揺らぎそうになるのをぐっとこらえて笑顔をつくった。
「そっか、ごめんね」