日が沈む頃になって、雪が降り始めた。ほろり、ほろりと舞い降りては地を覆ってゆく様に、弥作(やさく)は柳眉をひそめ、切れ長の目を背ける。冬は嫌いだった。死んだ父の、皺まで凍った顔を思い出す。その時十三だった弥作も、もう十八になった。それほど季節は巡ったのに、冬になると必ず思い出すのだ。弥作は父の幻影を振り払うように身震いすると、小屋の戸をぴしゃりと閉めた。長い足を折って囲炉裏のそばに座し、火をつつく。今夜は冷え込むだろう。
その晩、弥作は自分の荒い息で目が覚めた。寝返りをうつ身体はひどく重たく、背中は汗でしとどに濡れている。かすむ目をこらすと、囲炉裏の炭はまだ赤々と燃えているのに、身体の芯がひどく冷たい。
――とっつぁん。
弥作は、幼子に戻った心持ちでそう呼んだ。布団を引き上げ、身を縮める。
――凍えそうだ、とっつぁん。だけど、頭が熱い。
朦朧とする意識の中で、弥作はふいに小屋の戸が開き、外気が吹き込んでくるのを感じた。炭のはぜる音に混じって、ひたりひたりと足音が近づいてくる。額にひやりとしたものが乗り、弥作は大きく息をついた。
「水を……」
ひび割れた唇から掠れ声が漏れた。か細く小さな声だったが、頭の中を殴りつけるように響いて弥作は喘ぐ。自然と開いた口に、冷たいかけらがころんと転がり込んだ。それは弥作の熱い息ですぐさま溶けて、ひからびた喉を潤す。
まどろんでは覚め、水を与えられてまたまどろむ。それを何度繰り返しただろうか。どさっ、とくぐもった音が聞こえ、弥作はゆっくりと目蓋を持ち上げた。
見えたのは、細く白い腕だった。未だ額にあてられている冷たいものが手であったことに驚く。
「誰だ……っ」
慌てて身を起こし、よろめく。その背中をまた冷たい手が支えた。
透き通るような肌の、美しい女だった。年の頃はわからない。婦女というにはまだ若く、娘というには色が香り立つ。月のような淡い光を宿す瞳が、瞠目したまま動きを止めた弥作を覗き込んでいた。ぞくりと、背筋があわ立つ。
「……お前が、看病していてくれたのか」
弥作が痛む喉につばを送りこみ、ようやくそう声を出すと、女は紅がのった唇を引き締めたまま目元をほころばせた。弥作は、きゅっと縮んだ心の臓をなだめるように胸を押さえると、女に向かって頭を垂れる。
「世話になった」
女は細い首を傾けた。その目は、弥作の手元に注がれている。弥作は胸元にやった手を見下ろすと、力なく笑う。
「これは、違うのだ。お前の美しさにあてられて、なんだか苦しくなった」
女は玉のような目を見開いた。それから頬を染めて立ち上がると、囲炉裏のそばへしゃがみ込んだ。女が動くたび純白の衣が揺れて、密やかな冬の匂いがした。また、弥作の内側が疼く。
いくらもしないうちに弥作のもとへ戻ってきた女の手には、湯気が立つ小さな椀があった。これもまた真っ白な粥だった。
「驚いたな……」
弥作は素直にそう言った。弥作はいつも玄米しか口にしない。白い米を作るのは重労働で、父が死んで一人になってからは、祝いの日にさえ食べなくなっていた。