小説

『雪花』沖原瑞恵(『雪女』)

「大変だったろう」
 椀を受け取った時、女の手が真っ赤に腫れ上がっていることに、弥作は気づいた。
「お前その手、どうしたんだ。火に炙られたのか」
 女は曖昧に笑み、衣の袖で手を隠す。
「来い」
 弥作は身体の気だるさも忘れて立ち上がり、女の腕を引くと小屋の外へ連れ出した。昨晩降った雪が、足首まで積もっている。どさっ、という音に振り返ると、小屋の茅葺屋根からはみ出した雪が、自らの重みで地に落ちていた。弥作は奥歯をかちかち鳴らしながら、赤く腫れた手を雪の中へ差し入れた。
「どうだ、痛むか」
 弥作が問うと、女はゆっくりと首を振る。
「嘘をつけ。痛むだろうに。ひりつかなくなったら、中へ戻っておいで」
 弥作はそう言いつけて女を残し、小屋へ戻った。まだ火照る身体をごまかしながら、薬草をすりつぶし、少し考えて部屋の隅から筆とざらついた紙を引っ張り出した。そしてようやく、女の粥を手に取る。食欲はあまりなかったが、せっかくだからと一口啜った。甘い。ふわりとした心地よい甘さが、すとんと腹に落ち着いた。夢中でかき込み、椀を空にした時、ようやく女が戻ってきた。
「見せてごらん」
 椀を置いた弥作がとった女の手はひやりと冷たく、すっかり赤みも引いている。
「これならば、薬は必要ないな」
 弥作は薬草を押しやり、代わりに女の前に筆を置いた。
「口がきけないのだろう」
 女は黙ってうつむいている。だが弥作には確信があった。先ほどから何を話しかけても、仕草と表情でしか答えていないのだ。
「お前の名をここへ書いてくれないか」
 硯と紙も差し出し、うつむいたままの女を辛抱強く待っていると、ようやく筆が動き、『雪』と繊細な字が記された。
「お雪、か」
 弥作は呟く。なるほど似合いの名だ、と思った。
「身寄りはあるのか」
 そう尋ねると、お雪はふるりとひとつ、首を振る。
「ならばしばらくここに居てくれ」
 弥作の言葉に、お雪は肩を揺らした。僅かにすがめた目を向けられ、面食らっているのだと弥作は察する。
「おれの身体がよくなるまでの間だけでも」
 頷かないお雪に、弥作は何とか引きとめようとあれこれ言葉を探した。傍らに置いていた椀が目に付く。
「……粥、うまかった」
 どこか腹の奥の方から、ため息にも似た声が出た。お雪の目元がほころぶ。

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