小説

『おはなしおねえさん』山本大文(『ねずみの嫁入り』)

 小学校三年生のワカバの、将来の夢は、おはなしおねえさんになることだった。おはなしおねえさんというのは、土曜日日曜日に、図書館のキッズルームに子供たちを集めて、昔話や絵本を読んで聞かせる人のことだ。ワカバは幼稚園生のときに、近所の図書館で、おはなしおねえさんによる『ヘンゼルとグレーテル』の絵本の読み聞かせに大興奮して以来ずっと、毎週のように図書館通いを続けている。そして、大人になった自分もあんなふうに、子供たちにお話を聞かせてあげるおねえさんになるんだ、と心に決めていた。
 だから、教室の掲示板に『将来の夢』を張り出すときも、自分のカードには、ためらいなく〔おはなしおねえさん〕と書いたのだった。
 すると、男子たちがいいがかりをつけてきた。
「何だ? おはなしおねえさんて」
「そんな仕事、聞いたことねえぞ」
 などと言い出したので、ワカバは、おはなしおねえさんとは、どういうことをする人かを説明したのだが、かえって騒ぎが大きくなった。
「何だよ、ただの読み聞かせのおばさんじゃんかよ」
「お前は夢がないよなー、せっかく大人になって、そんな地味なことをしたいなんて」
「そういうのは、ボランティアでやるんだぞ。仕事じゃないしー」
「まあ、こいつがモデルになるなんて無理だしな。チュウ子だから」
「チュウ子、チュウ子。チュウ子のおはなしおばさん」
 男子たちは口々にそんな悪口を言ってワカバを指さし、笑った。
チュウ子というのは、ワカバの前歯がちょっと出ているせいでついたあだ名だった。

 帰り道、いつも途中まで一緒になるアイちゃんが、しきりになぐさめてきた。
「気にすることないよ。ジュンコ先生も言ってたじゃん。将来の夢は仕事じゃなくってもいい、本当にやりたいことを書けばいいんだって」
 ワカバは「うん」とうなずいた。ジュンコ先生がみんなにそう言ったとき、笑いをこらえてるみたいな顔だったのを思い出す。
「男子たちが書いた夢って、半分以上がプロサッカー選手だったじゃん。バッカじゃないのって思わない?」とアイちゃんが続ける。「本当のプロの選手なんて、学校で一番上手い子たちを県内全部から集めて、その中でまた一番になるぐらいの人じゃないと、なれっこないのに。馬鹿なのは男子の方だよ。現実というものが判ってないんだから」
 そういうアイちゃんだって、と言いかけてやめた。アイちゃんはアイちゃんなりに気を遣って、なぐさめてくれているのだから、八つ当たりをするのはよくない。ワカバは「だよね」と相づちを打っておいた。

 アイちゃんは将来の夢を、モデルと書いていた。女子の半分ぐらいがモデルで、あとはアイドル、パティシエ、キャビンアテンダント、花屋さんなど。
 アイちゃんは、手足は割と長いけれど、いつも猫背で、授業中は口をぽかんと開けていることが多い。本当にモデルになろうとしたら、まずはそこを矯正しなきゃならないだろう。でも、そのことを指摘したりしたら、アイちゃんとの友情にひびが入るような気がしたので、ワカバは言わないことにした。
 歩道橋の前で、アイちゃんと別れたワカバは、みどり公園の中を歩いた。本当は、登下校のときに公園の中を通ってはいけないことになっているのだが、ここを通ると、少しだけ近道になる。

1 2 3 4 5 6