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「あっさりした味ね・・・何か物足りない」
桃香は手にした吉備団子を一口齧りそう漏らした。
「こ、れ、が、今の流行りです。若い子には好評ですよ」
たった今、工場でできたばかりの吉備団子の試食品を桃香の部屋に届けに来た沙理は、そう言うとテーブルに置かれた団子をひとつ手に取って、まるごと口に放り込んだ。
「ふーん、私はもう若くないってことか。まあいいわ、問題ない。引き続きよろしく」
「はーい。あ、パッケージ、新しいデザインにしましたから、また見ておいてくださいね」
あいかわらずの早口でそう言って沙理はそのまま部屋を出ていった。テーブルの上には、皿に残った吉備団子と、まだ開封されていない可愛らしいキャラクタのデザインされた吉備団子の箱が置かれている。
桃香は手に持った吉備団子の残りを口に入れ、窓から部屋の外を見つめた。桃香の部屋がある建物から少し離れた場所に小さな吉備団子の工場が見える。どんよりと曇った冬の空に向かって、工場の煙突から白い煙がもくもくと立ち昇っている。今この瞬間にも工場の中では吉備団子が流れ作業により次々と作られている、その様子を桃香は想像した。よくここまで来たものだ。桃香がまだ幼い頃、育ての父と母がひとつひとつ手作りしていた頃のことを思うと隔世の感がある。
どのようにすれば、もっと効率的に多くの吉備団子をつくることができるのか。桃香はかつて育ての両親から教わった吉備団子の作り方をもとに、三人の仲間と手作りをしてきたそのやり方を変えていく必要があると感じていた。原料である黍は、すでにこの地で栽培される主要な農作物の一つとして、年々その収穫量を拡大していたが、それを使って団子を製造できる数の上限が、栽培規模の拡大を頭打ちにしていた。桃香たちは四人で頭を悩ませ、試行錯誤し、機械化し、オートメーション化し、十年でようやくここまで大きくした。それにより栽培される黍の量も制限をなくすことができた。
この工場で最初に作ったのは、両親が作ってくれた味をなるべく忠実に再現した、甘い餡子の入った団子だった。その後、味も時代の流行、世間の人々の好みに合わせ徐々に変化させてきた。「よもぎ」や「桜」を使った鮮やかな色彩と高級感のある味をつけた団子も作った。チョコレートとチーズを組み合わせた西洋風の味にしたこともあった。そして今の最新の味は、甘みを抑え、少し塩味をきかせたあっさりヘルシーな吉備団子だ。団子に塩を混ぜるなんて桃香には思いもつかない発想だったが、味付けを含む吉備団子の企画・生産に関しては現在沙理に一任しいている。実際この新しい味は若者を中心に好評を博しているようである。
・・・健康志向か。
桃香は机の上に残ったもう一つの団子を丸ごと口に入れた。
・・・でもやっぱり私は、昔の甘い餡子が好きだな。