小説

『吉備団子フォーエバー』アキ・オオト(『桃太郎』)

(3)
 長い長い行軍が進む道と並行して一本の大きな川が続いている。川は山々のそびえる西の高地から東の平野に向かって悠然と流れている。桃香たちはその川の流れを見つめながら、その流れとは逆の方向へと進んでいる。川上へ、川上へ。
 川の流れに逆って進んでいるからなのか、桃香は自分たちの進む道が、まるで時の流れを遡って過去へ過去へと進んでいるような気持ちになっていた。そのような心持になったのは、既に自分の記憶からすっかり消えてしまったが、かつて自分が確かにいた場所へと一歩一歩近づいていることを、体が無意識に感じているからなのかもしれなかった。認識できる記憶から消えてはいるがきっと本能が覚えている、自分の生まれた場所の色も匂いも。この行軍の道行は、桃香が生まれ故郷へと帰る道程でもある。二十年ほど前、桃子はちょうど今進んでいるの方角とは逆の向き、山の上から川の流れに乗ってやってきた。それも自身で覚えているわけではない。後に育ての父や母に聞いた話だ。
「よし、休憩にしよう」
 桃香は少し先を行く佑真に指示を伝え、やがてそれは行軍の隅々にまで伝達され、一軍の動きは徐々に止まっていった。皆その場にしゃがみ、背負っている鞄の中から吉備団子を取り出して頬張り始める。桃香の体の中に広がる鬼退治の本能は、この吉備団子を媒介とすることで、それを食べた人々の体の中へと伝達される。何故そうなるのか、詳しい理屈は分からない。ただ初代の桃太郎が食べた吉備団子の原料である黍の種を大切に保存し、そこからその種を代々絶やさぬように栽培増殖させた特別な黍から作った団子だけが吉備団子と呼ばれ、そのような不思議な効力を発揮する。吉備団子の原料の黍が持つ遺伝子の中にだけ、人のこのような作用をもたらす力が備わっているものだと考えられている。吉備団子の作り方を両親から伝授された桃香は、まず自分の仲間となる三人を見つけ、彼らに吉備団子を与えた。といっても吉備団子を食べたものが誰でも仲間になるわけではなく、団子によってその意思が正しく伝達されるのは、限られた人間だけだ。最終的に桃香が今の三人の仲間に出会うまでにも紆余曲折の物語があったが、それはまた別の話である。
 それからどれくらい歩いただろうか。桃香は目前に迫った山の頂きを見つめた。生まれてすぐに離れ離れになったのだから、実質的には桃香にとってこれが最初の出会いとなる。最初の出会いが、こういう形で、しかもおそらく最後の出会いとなってしまう。そんな自分の運命を恨めしく思う。でも。
「でも・・・待ってて。必ず行くから」

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