小説

『吉備団子フォーエバー』アキ・オオト(『桃太郎』)

(5)
 桃香と鬼、二人の他は誰もいない部屋の中。二人の戦いは終わりがないように思われた。一対一の攻防がどこまでも続いた。しかし徐々に消耗していく体力は、確実に桃香の足腰から踏ん張りを奪っていった。何度目かの鬼の攻撃を後ろへ跳躍してかわした桃香は、その着地する一瞬、体のバランスを崩した。その隙を鬼は見逃さなかった。
「あ」
 鬼の刃が自分の喉元に向かって振り下ろされる刹那、桃香は眼を見開き、その視線を刃の切っ先からそれを持つ鬼の顔へと移した。鬼の顔、すなわち兄の顔を一瞬で脳裏に焼き付けるかのごとく、瞬きもせず強く見つめる。
・・・・ようやく、会えたね。
 言葉にならない言葉を噛みしめながら、桃香は瞼を閉じた。
 桃から生まれた桃太郎は、吉備団子をつかって仲間を集め、西の山に住む鬼の征伐へ向かう。鬼と桃太郎は、いずれかその戦いに勝った方が、真の鬼となりこの山にとどまる。鬼は山より西の地を納める首長として、その土地の繁栄に努める。やがて子をなした鬼は、最初の子供に自分のあとを継がせ、次に生まれた子供は川へ流して追放する。そして以後子供は作らない。川を下って東の地へ流された子供はやがてその地で桃太郎となり、吉備団子を使い再び鬼征伐へやってくる。そうやって今まで何度となく繰り返されてきた戦いと繁栄。一族の血を守りながら、弱き者が淘汰され、より強固な遺伝子によって社会が繁栄していくシステム。
「もう、誰が考えたの・・・兄弟で殺しあうことが組み込まれたシステムなんて・・・」
 桃香は閉ざされたままの瞼の中、もう二度と光が届かないであろう瞳の奥で、繰り返し続くこの生態系のイメージを螺旋の形状として浮かべ、そしてその螺旋を外から見つめる存在のことをぼんやり思った。そのまま、ゆっくり息を引き取るその瞬間、桃香は「はっ、」と一瞬何かを思い、しかしその後すぐに事切れた。
ケタケタ。
 そのとき、動かなくなった桃香の腰につけている吉備団子の袋から、小さな笑い声のような振動が鳴った。
 それはまるで死ぬ間際、このシステムで一番得をしている者、いや、得をしている種は何であるのか、という疑問たどり着いた桃香をあざ笑うかのような・・・そんな音だった。
 吉備団子フォーエバー

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