九月に入ると、急に晩の冷え込みがひどくなってきた。
第二校舎の二階にたどり着くと、ぼうっとした半月が出迎えてくれた。
夏の暖かさを失った柔らかい風が屋上のタイルの上を吹き抜けていく。
目的の相手は、フェンスの前に立っていた。
「おい、アカネさん」
僕が話しかけると、白いブラウスに紺地のスカートを履いた彼女は振り向いた。
「ああ」彼女は微笑む。「……あなた誰?」
「タケダだよ。同級生だったんだから、覚えているでしょう? 一年生の時、英語のクラスが一緒だったんだけど」
「一年生って、ワタシ一年生だけど。……なんで覚えてないのかな?」
アカネさんとは毎晩この屋上で会っているが、彼女はどうにも忘れっぽい。
「まあ、いいけど」
僕は彼女の脇に立つ。
アカネさんはフェンスの向こうへ目を向ける。
その眼からは、紅い線が頬を伝って垂れている。
涙じゃない。血だ。
その首は少し曲がっている。頸椎が折れているのだ。靴だって履いていない。
彼女は一年生のままだが、僕は三年生だ。
アカネさんは、高校一年生の夏、この屋上から転落して死んだのだ。
寄りかかっていて、フェンスが外れて、そのまま。
彼女は、夏だけに出てくる幽霊ってことだ。
***
「タケダくんだっけ? どうしたの? 授業は?」
「いやあ、夜に授業はしないさ」このやり取りは、一〇回以上だ。
「あ、そっか」アカネさんは一度俯いた。「思い出した。ワタシ、死んでいるんだね。なんとなく思い出してきた。ここにきて、ぼうっとしていたら……」
アカネさんは少し辛そうな顔をした。
「大丈夫だよ。……ご家族も元気みたいだし」
「そっか。ワタシがいなくても大丈夫なんだね」
「そういう皮肉、ボクは嫌いだね」
「だね。ごめん」アカネさんは頬を伝う紅い血を指で拭った。「タケダくんのこと、だんだん思い出してきた。中学校の時、生徒会長やっていたでしょ? 東中学校で」