小説

『人間には内緒』平大典(『菊花の約』)

 僕だけが屋上に残されていた。
 アカネさんは今晩、成仏させないといけなかった。
 琥珀色をした街の灯りを見つめていると、やがて日が昇って来た。
 工事用のトラックが騒がしい音を出して、正門へ入って来る。
 トラックは嫌いだ。
 轢かれたってだけじゃない。
 今日からこの第二校舎の取り壊し工事が始まる。
 来年の夏にはこの校舎、屋上はなくなる。
 アカネさんじゃ耐えられないだろう。悪霊になるアカネさんなんか見たくもなかった。
 僕もまた泣いていた。
 優しい朝日が目に染みる。

 右腕なんか、とっくの昔に拾っていた。
 アカネさんと会える夏の夜だけが、僕のこの世への残り甲斐だった。
 僕の涙は、ぽたぽたとタイルの上に落ちていった。

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