小説

『彼女は家事ができない』中村ゆい(『白雪姫』)

「やっば……どうしよう」
 白雪姫は部屋のど真ん中で頭を抱えて立ちすくんでいた。
 こんなはずではなかった。まさかこんなことになろうとは。
 七人の小人たちが働きに出ている今、この家には白雪姫しかいない。証拠隠滅するならすぐにどうにかしなければならないのだが。
「でもどうしたらいいのよ……」
 もう一度、途方にくれた目で部屋の中を見渡す。台所には料理をしようとして失敗したぐちゃぐちゃの残骸。下を向けば掃除をしようとしてひっくり返したバケツと水浸しの床。小人たちのベッドはベッドメイキングが上手くいかず、彼らが朝起きたときよりもひどい惨状になっていた。
「家事って案外難しいのね」
 そうつぶやく白雪姫の指は、小人たちの服のほつれを直そうとして針を刺しまくってしまったため、血だらけになっていた。
 森の中で殺されそうになったところを狩人にちょっと可愛らしく「見逃して?」とお願いしたところあっさりと逃がしてもらえてこの家にたどり着いた。まではいいものの、居候させてもらう代わりに住人である七人の小人たちが条件として提示したのは、白雪姫が家事全般をこなすこと。今まで男ばかりの暮らしで家事ができるものがおらず、困っていたのだという。
 身の回りの世話は召使いたちがやってくれるから家事の経験はないけれど、なんとかなるだろう。そう思ってその条件を承諾したものの、こんなに大変な仕事だなんて聞いていない。
 もうすぐ小人たちが仕事を終えて帰ってくる。それまでになんとか今よりもマシな状態に戻さなければ。白雪姫はとりあえず、水浸しの床を雑巾で拭き始めた。しかし、その作業中に小人たちが帰って来て、家の中のひどい状況に目を丸くした。
「なんだいこりゃあ」
「ごめんなさい。約束通り家事をしようと思ったんだけど失敗してしまって……」
 白雪姫はてへぺろと言わんばかりに舌を出して可愛らしく謝った。お城では何か悪いことをしてしまったとき、この顔をすれば大抵のことは許してもらえた。しかしどうやら彼ら7人の小人は違うようだ。
「なんてこったい、女だから家事は得意だろうと思って頼んだのに」
「じゃあ今晩は夕飯抜きか? そりゃないよ」
「洗濯もできてない? 明日は何を着ればいいんだ」
「そんなことより、ベッドも床もめちゃくちゃだぞ。やれやれ」

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