小説

『人間には内緒』平大典(『菊花の約』)

「そうそう。アカネさんは、西中のバレー部でキャプテンだったんだっけ? 県大会まで出場したんでしょ。前に話していたよ」
 アカネさんはじっと僕を睨む。「本当に同い年? ちょっと大人に見えるかも」
「僕は三年生だからね。時間は経つんだよ」
「あ」アカネさんはぽんと両手を叩く。「思い出してきた。タケダくんが毎晩ここに来る理由、思い出したよ。……ワタシを成仏させたいんでしょ?」
「正解」
 アカネさんは悪戯っぽく微笑む。
「ワタシ、条件出してきたよね。……それをクリアにしたら成仏してあげるって」
「そうだ」僕は頷く。
 アカネさんは透き通るほど白くて細い左手を差し出してきた。
「……ワタシと右手で手を繋いでくれたら」
「ひどい条件だよね」
 僕の右腕はない。
 校門の前でトラックにはねられて、腕ごともげてしまった。

***

 僕は彼女が死んだ二年後に、死んだ。
 アカネさんと同じ幽霊ってことだ。
 毎晩、校舎の中や周りをうろついている。死んだのは新学期が始まる日だった。
 だから、僕も学校に執着しているのだろう。
 部室や校舎の周りをうろつき、教室内を歩いているうちに、屋上でアカネさんと出逢った。
 毎夏、アカネさんと屋上で会話をしていた。
 それももうすぐ終わってしまう、かもしれない。

***

「で、今日も静かだね、学校。明日もみんな来るのかな?」
「忘れたのかい? この学校は、もう廃校になっているんだ。一〇年前に」
 市内の学校の統廃合だ。
「へえ。じゃあ、ワタシたちって……」
「死んじゃってから、一〇年以上になるよ」
「ふうん」アカネさんは唇を噛んだ。「じゃあ、弟ももう大人だね」
「弟さんは、この学校の最後の卒業生だ」
「……すごいな」
 彼女はまた赤い血を頬に垂らした。
 僕は空を見上げる。「今日は菊の節句だね。もうすぐで中秋の名月だ」
「菊の節句って」
「九月九日だ。雨月物語で義兄弟が再会するのを約束していた日だよ」
 アカネさんは目をぱちくりする。

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