恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった。
もちろん二十歳には二十歳なりの主張がある。はじめて女の子と手を繋いだのは小学生。キスしたのは中学生。セックスにおいては割と早い高校一年生、なんて言いたいが本当は大学生になってからのはじめての彼女と。俺はそれなりの経験でふわふわと、恋ってこんなものなんだって満足していたりした。クラスの中のお調子者と女子から疎ましがられることもなかったし、むしろ放っとかれない顔立ちで、女の子と絶妙な距離を築いていた。友達からもそれを僻まれることなく、うまいこと輪の中で笑っている。まぁ、総合的にいうと普通。可もなく不可もない。モテないわけじゃないけれどスマートに女の子を誘えるわけじゃない。そんな普通の俺がやっと見つけた恋の相手は、同じサークルの先輩に連れられて行った風俗店の女の子だった。
「佐野って案外単純だよね」
「うっせ。いやもう本当、なんとでも言ってくれ」
「セックスして恋しちゃうとかねーわ」
「いやいやいや、マジでこれは理屈じゃねーんだって。気づいちゃったんだって」
「はいはい」
「ちょー、気持ちよかった」
最低野郎だ。宮地は口の端をぴくぴく上げながらビールを煽った。なんだかんだで俺の話に笑ってくれる宮地は、それこそ当たり前のようによくおモテになる容姿をしている。今のところフリーらしい。俺はいつも不思議に思う。出会ってから今まで、女の影が全くない男なのだ。
「てか、めずらしいよね。佐野、こういう店好きだっけ」
「うん。最近、通ってる」
「へぇ」
いつもは庶民的な居酒屋に招集をかける俺だけど、今日は女子が好きそうな小洒落たバーだ。チラとカウンターを覗き見ると、俺たちと同い年くらいのポニーテールの女の子が、白いシャツに黒のサロンを巻いて佇んでいる。目が合うと俺の心臓はせわしない。せっかくこちらを見てくれたのに、俯いてしまう。でももう一度見たくて、結局のところ顔を上げてしまうのだけど。彼女の名は川瀬さん。営業スマイルとわかっていても、ときめきを感じずにはいられない。このなんとも言えない気持ちを、宮地になら、打ち明けてもいいと思った。
「……佐野」
「違うんだって」
「まだ何も言ってない」
「似てるんだよ。俺の恋の相手に」
「それで通ってんの」
「だってさ。風俗って学生が頻繁に行ける場所じゃねーじゃん。もちろん、本命は彼女だけど? 代わりにするわけじゃなくて、してるのかもしれないけど、遠くからでも見つめていたいっていうか?」
「佐野次郎の恋は前途多難ですね」
宮地は呆れながらも笑ってくれている。