小説

『だからだめなんだ』常世田美穂(『ダスゲマイネ』)

 なんて俺のオーダーを聞いてくれる。はい、と声が上擦ってしまい恥ずかしい。顔が熱くなる。きっと真っ赤に染まっているだろうと俯くと、川瀬さんが笑う気配がした。気になって顔を上げてみると川瀬さんの頰が微かに赤くなっている気がした。俺の熱、移っちゃったのかもしれない。
「太宰治って、モテモテだったんだな」
「ああ。読んだの?」
「いんや、読んでない。でも調べた」
 宮地と合流してから何気なく文学を語ってみたくなって、三杯引っかけていた俺は呂律の回らない舌で不躾にも語り出していた。
「でさ、なんか、自殺? したの? 何回も。女の人とさ、心中、みたいな」
「うん。そうだね」
「なんで? なんで道連れ?」
「寂しかったんじゃないの」
「……そか」
 死にたいのに寂しいの。寂しいから死にたいの。死にたいって思ったことない俺は一生太宰治の小説を読むことはできないのかもしれない。ああ、でも、死んでもいいかなって、このまま死んでもいいかなって思ったことはある。
「死んじゃダメだよ」
「え?」
 宮地は俺の心を読んだように囁いた。
「いや、死なねーし」
「わかんないよ。明日のことなんて」
「わかるわ。俺生きるわ」
 ふふ、控えめに笑う宮地は耳に髪をかけながら俺の目を覗き込む。
「人は誰でもみんな死ぬさ」
「……何。何それ」
「教えない」
 華奢な肩が揺れている。宮地は中性的だ。だからモテるんだろうなと思う。
「自殺ってさ、生まれ変われないんだって」
「ふ、ふうん」
「人は何度も何度も生まれ変わって魂の修行をしてるんだ。死んだら終わり、じゃないんだよ。だけど自殺は罪深い。自殺した魂は、ずっと、そこから動けない」
「へ、へぇー」
「引くなって」
「引くわ。何いきなり」
「本で読んだ」
「お前本当好きだよな、本」
「うん、好き」
 スピリチュアルな話は正直苦手だ。占いだって信じてないし、天国とか地獄とかも興味ない。そういう発想、女子っぽいし。俺は男だ。だから目に見えるものしか信じない。だけどほんの少しなら話に乗ってやってもいいと思う。そう思ったから、なんとはなしに聞いた。
「じゃあさ、もし生まれ変わったら、お前どうする?」

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