小説

『オタクの恋』(『かえるの王様』)

「・・・ジメ殿!」
「ハジメ殿!」
 ホームルームが終わり、贅肉をタプタプと揺らしながら、オシャレとは無縁で視力を矯正するためだけにある様な眼鏡をした山下がこちらに向かってくる。
 彼は、高校に入学してから二年以上の付き合いだ。そして、僕にとって唯一の友達でもある。それは、きっと彼にとっても同じだ。
「ハジメ殿ぉ!それは、『ラブ☆バンド』のメンバーカラー七色すべてを集結させた、限定リストバンドではっ!」
 僕は、昨日の昼間にコレを入手してからというもの、暇さえあれば専用のケースから取り出して愛でている。恋人のように、我が子のように大切な宝物だ。
どちらも僕には縁がないので、あくまで想像上の例えである。
「気づいたかい? 山下くん。徹底的にリサーチをして、入手できる確率の高い東京のアニメショップに、朝早くから五時間も並んでゲットしたんだよ。」
 『五時間』の部分を強調し手をパーにして表現したのにも関わらず、山下はハジメに目もくれずに、リストバンドを穴が開くほど見つめた。
「やはり現物は輝きが違いますなぁ・・・・・・モモぴょん一筋の私でもそそられる気がします!」

 興奮した様子で話す二人は、ふと、周囲からの視線を感じた。
「キモくない?」
「オタクやばっ」
斜め前方の女子グループから聞こえる声が、ヒソヒソ話にしては大きい。
ハジメが思わず女子グループを一瞥すると、その中の一人である黒谷さんと目が合った。
 肩まで伸びた艶やかな黒髪に、通った白い肌、黒目がちな瞳。
 まさに、僕が大好きなアニメ、『ラブ☆バンド』のミレイにソックリだ。
 『ラブ☆バンド』のメンバーにはそれぞれ個性があり、長所も短所もひっくるめて平等に好きなので、特別ミレイ押しという訳ではない。
それは、僕の母が五人組のアイドルグループを平等に、まるで息子のように応援している其れと同じ感覚なのだろう。
 けれど、ミレイにソックリだという事に気づいてからというもの、妙に黒谷さんを意識してしまう。
そんな事を考えながら見つめていると、彼女の瞳は徐々に細く鋭くなり、眉間に皺ができ、しまいには視線が逸らされた。
プイッと音が聞こえそうな勢いで。

 そうです。残念ながら、僕は彼女に嫌われているようです。

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