小説

『オタクの恋』(『かえるの王様』)

キモいオタク扱いには馴れているが、やっぱり胸は痛みます・・・・・・
ハジメと山下が沈黙していると、始業のベルが鳴った。
 助かった。気まずい雰囲気を回避できた。
山下が、「あとでねっ」と言い自分の席に戻る。
 無理に声のトーンを上げていたが、彼も動揺を隠しきれていなかった。
彼だって、先ほどの沈黙の間、僕同様に、「キモいオタク扱いには馴れているが、やっぱり胸は痛む」とか考えていたのだろう。
 *
申し遅れましたが、僕は、藤原一です。
 一と書いて、ハジメと読みます。
 負けず嫌いで熱血、まさに昭和を代表する青春ドラマに出てくるような僕の父が、『何でも一番に!』という期待を込めて名付けたそうです。
 ところが、僕は、細身で色白。
運動オンチで、背の順が常に前から3番以内。
 おまけに目が悪くて、小学二年生から眼鏡をかけています。
 眼鏡のせいで賢く見られがちですが、残念なことに勉強もイマイチ。
 兎にも角にも、父の期待とは反した息子に成長してしまいました。
放課後、ハジメは、日直の山下を靴箱で待つことにした。『ラブ☆バンド』のガチャガチャをする為に繁華街まで行く事が、最近は二人の楽しみになっているからだ。
「山下くん、行く?」
 靴箱に現れた山下に、パチンコを回すような動作をして見せる。
「申し訳ない、今日は塾で大事なテストがあるから、いつもより早めに行って勉強したいんだ」
 山下のバッグには、テキストが如何にも重たそうに詰まっている。
「そうか、残念だなあ。でも、急いでるなら送っていくよ」
 声のボリュームを落として言うはじめに山下も合わせた。
「いつもありがとう、助かるよ」

 二人は、駅へ向かう生徒の波とは逆方向の国道へ進む。
 2~3分歩いて生徒が周りにいないことを確認し、一台の車に近づいた。
 そこには、見るからに高級そうな黒塗りの車が停まっている。
 そして、姿勢の良いスーツ姿の男が、運転席から登場した。
「お帰りなさいませ」
 白い手袋をした手で後部座席を開き、笑顔で二人を迎えた。
「ただいま、菊地。今日は、山下くんを塾までお願い」
 スーツ姿の男に伝えて乗車をすると、山下も会釈をして、ハジメに続いた。

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