小説

『ニキと過去の物語』持田瀞(『サンドリヨン』『灰かぶり姫』)

『過去に戻れたら、何をする?』
よく言われる台詞。
なんて陳腐なのかしら。
過去は変えられないのよ。だから、過去なのよ。

 

 
二人の義姉に虐げられ、家事の一切を押し付けられてきたシンデレラ。
ある日魔法使いの力によってかぼちゃの馬車で舞踏会に行くと、そこで王子様に見染められます。
0時の鐘が鳴ると二人は離れ離れとなりますが、ガラスの靴を頼りに二人は再会。
幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。

 
「じゃあ、無いっての」
ニキはバチャンとバケツにモップを突っ込んだ。
「あの子のせいで、今度は私が掃除婦だわ」
忌々しげに呟くと、唇を尖らせる。
以前には赤いリップでいつもツヤツヤと彩られていたその唇は、今はすっかり煤けている。
掃除は元々ニキの担当だったが、シンデレラが来てからニキが彼女に押し付けていたのだった。
それが今や逆戻り。
しかし一度得た楽な生活は、今も身体に染み付いていた。

掃除なんて疲れるし足腰も痛いし、うんざりだ。
ニキ今のシンデレラが、過去の自分が、羨ましくて仕方ない。
「あんたも、馬車にでもなってご覧なさいよ」
そう言って、台所の床に転がっている萎びた栗カボチャをツンとモップで突いてみる。
カボチャはゴロンと傾いて、コロコロと転がった。しかしそれだけで、カボチャはちっとも変身しなかった。

「にゃーん」
気づくと、先程のカボチャを猫がカリカリと齧っている。
「あ、こら。ルーク。駄目だよ、そのカボチャはもう傷んでるから」
ルークと呼ばれた猫は、ニキの声には耳も貸さない。
そのまま口と前脚で器用にカボチャを転がしながら、台所を出て行ってしまった。
「ルーク、駄目だってば」

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