バスルームからは生臭いにおいが漂ってくる。ドアをキッチリと閉めても、隙間をガムテープでふさいでも、消臭剤を部屋中においても、ひどい臭いはどこからか忍び入ってくる。
締め切ったバスルームから、バシャバシャと乱暴に水をはねる音がする。
ああ、時間だ。僕はのろのろと立ち上がって、冷蔵庫へむかった。冷蔵庫の扉を開けると棚をすべてはずして押し込んだ大きな寸胴が現れる。僕は右手に使い捨ての手袋をはめた。
手を差し込み引き上げると、ぬるぬるとした感触に腕が粟立った。ずるっと糸を引いて、それで寸胴はいっぱいになっている。バケツにそれをうつして、片手に持ってバスルームへと向かう。
バスルームへ向かうごとに胸をムカつかせる臭いはひどくなり、腐った水棲生物を思わせる潮臭さも混じる。
気持ち程度の防臭効果を願ってマスクをつけているが、全く役にたっていないようだ。いや、マスクがなければさらにひどい臭いなのかもしれない。
バシャッ
ドアを開けると、いきなり冷たい水をぶつけられた。生臭い液体が顔から胸からしたたり落ちる。
ああ、もう―—。
「それ」は興奮したように何度も水面を打ち据え、生臭さをまき散らす。ミルクを前にした赤子のような「それ」に、バケツを差し出す。
生白い手がにゅるっと延びて、待ちかねたようにバケツの中のぬめる黒い襞を掴んだ。それからクッチャクッチャという粘着質な音を立てて黒い襞を貪る。次に、次にと掴んでは貪っていく。
なんて意地汚い―—これじゃまるで野性動物じゃないか―—って、野性・・・・・・なのか?
海水の風呂に浸かったまま昆布をがっつく若々しい美女は、その真っ白な膚に真っ黒な昆布の襞をまとわりつかせながら、両手で豪快に掴んでモリモリと喰っていた。桃色の頬はリスのように膨らみ、昆布の間から真珠のような歯並びがチラチラと覗く。それは、けっこう鋭い。いや、かなり鋭い。肉食系のそれだ。でも昆布を食べている。ムシャムシャと。
最初の昆布をペロリとたいらげると、次を次をと手を伸ばしてくる。バケツを差し出して、昆布を与える。
人工の海水でほつれた美しい黒髪を、僕はぼんやりと眺めた。あれ、昆布でできてるのかな。海草を食べれば髪が生えるとか都市伝説だと思っていたが、本当かもしれない。
それにしても、金魚とか、グッピーとか、そういうのを預かる気分でいたのに。先輩。先輩。このクソ先輩。
―—悪りぃ、今度ダチらと泊まりがけで山登っからさ、ちょっとウチのお魚ちゃん預かってくんねえ? ほんの一週間だけでいいからさァ―—