小説

『飼育』植木天洋(『人魚姫』)

 次に目が覚めた時、部屋はもう暗かった。夜だ。朝方かもしれないけど。いや雀が鳴いていないから朝じゃない。とにかく、夜の時間帯だ。
 妙に気分が悪い。上半身を起こそうとして、力が入らないことに気づいた。いや、入らないとは少し違うな。普通力を入れれば筋肉がプルプルと震えるけど、今はそれさえもしない。「動け」という命令に筋肉が全く反応していない。
 あれ―—どういうことだ?
 ハーハーハァハァと息をしながら考える。まずは指を動かそう―—できない。力を入れたつもりが、何の感触も感じないし、動かない。
 目をぐるりと回す。目は動く。それに頭―—頸も。逆に言えば、それ以外は動かない―—そんな―—まったく感覚がない―—体がなくなってしまったかのような感じだ。
 それから、後頭部が塗れているような感覚。生温かいものがじっとりと広がっている。わずかに動く頭を揺らすと、痛みとともにぬめりと、ぱりぱりとはがれる感触。
 血だ―—。
 頭を打って、出血したのだ。と、他人事みたいに分析する。僕は冷静なのか、それともショック状態で現実逃避しているのか、それさえ分からない。
 クーラーが切れたままの部屋は蒸すように暑く、生臭さが酷くなって、血の臭いも混ざって、ますます気分が悪い。
 だれか・・・・・・
 声が出ない。
 誰か助けてェーッ!
 しかし真夏の学生アパート。夏休みに突入したワンルームマンションに残っている輩がいるだろうか。きっとみんな友達や友人と泊まりがけで旅行や海やバーベキュー付きのキャンプとかに出かけているんだ!
 リア充爆発しろ!
 非リア充の俺、大ピンチ!
 ていうかマジで死ぬ! 煌めく一級河川の向こうに去年死んだバアチャンが見える!
 バシャッ
 バアチャンが手を振る手前で、水が派手に跳ねる音がした。なんだかすごくイライラして―—赤ちゃんじみた、不快と要求の示し―—誰かを呼びつけているようだった。
 ああ、いかなきゃ―—漠然とした中で彼女のことを思いだし、でも手足が動かなかった。夢の中にいるようだった。夢の中では、たいていうまくいかないものだ。

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