小説

『山の神さま』原田恵名(『山の神さま』(岐阜県恵那市山岡町))

ヒナのことを思い出すと、不憫なことの方が多かったかもしれない。
しかし、四朗は村の誰よりも、ヒナが優しいことを知っていた。美しくないから生きていてはいけない、そんなことを決める資格は誰にもない。どんな姿で生まれたとしても、どう生きるかは自分次第なのだ。四朗は神の瞳だと思われるものを真っ直ぐに見つめた。

「そうか。お前は諦めぬか。では、今回はわらわが竜神に掛け合ってやろう。だが、村の人間が変わらぬ限り、同じことは何度も起こるぞ。」

お前の願いを叶えるのではない。
まるで空に咆哮をするような地響きが収まるとあたりは静まり返り、いつもの山道が眼前に広がっていた。山の神はもちろん、あの大きな岩もなくなっていた。
まるで夢のような時間であったが、四朗の耳には地響きのような神の声が残っていた。

そうしているうちに、ゴロゴロという音と共に雷雲がやってきた。

雨だ。

山の神が言った、「竜神に掛け合う」というのは本当だったのだ。
喜んだのも束の間。
まるで矢のように雨が降り注いだ。足元すら見えない程降り注ぐ雨に、だんだん四朗は不安になった。

いくらなんでも唐突で、降りすぎていないだろうか。

不安に駆られ、何度も転び、尻餅をつきながら前に進んだ。
しかし、暗くて矢のような雨が降り注ぐ中で必死に走ってもなかなか前に進んでいる感じがしない。
なんとか祠の前まで到着すると、村人たちも祠の近くまで集まっていた。

山から轟音が聞こえる、というのだ。
そのうち、山から飛び越えるような大水が飛び出してきた。

洪水だ。

このままでは村全体が流されてしまう。
その瞬間、大きな岩がせせり出し、水を堰き止めた。堰き止められた水は池となった。
村人たちは大喜びだった。これで村もヒナも救われるのだ。四朗も安堵した。

せせり出した岩から視線を感じた。
岩から鬼灯のような赤い瞳が四朗を見つめていた。

「忘れるな。村の人間たちが変わらぬ限り、同じことは何度でも起こるぞ。」

 

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