小説

『山の神さま』原田恵名(『山の神さま』(岐阜県恵那市山岡町))

「山神様は、醜い容姿の娘しか受け付けぬ。あのあざがあるヒナを、この村で嫁にしようとするものはいないだろう。生贄になれば、ヒナはこの村を救った者として名を残すことになるだろう。諦めろ。皆が生き残る方法を考えろ。四朗、お前はヒナの兄である前に、この村の一員であるということを優先しろ」

その言葉に四朗は憤怒した。そして、飛び出した。
どこへ行くのか、あてはなかった。しかし、どうにもできない気持ちをそのままにしておくことはできなかった。
何よりも、どこかで村長の言葉を全て否定しきれない自分に無性に腹が立った。これが妹のヒナでなければ、自分は声を上げただろうか?自分が助かるために、誰かが犠牲になることは仕方がない、と感じていたことに薄々きがついていたからだ。

四朗は走り続けて、誘われるように山に続く祠の前に立っていた。そもそも、雨が降れば良いのだ。半信半疑であった山の神という存在。本当に存在するのであれば、直接祈願をしたいと考えたのだ。もう、四朗にはそれしか道がなかった。それしかなかった訳ではないかもしれないが、今彼にできることなど限られていたのだ。

山の夜は恐ろしい。真っ暗で、朧げな月の光だけが頼りである。その中を四朗は歩き出した。
会えるのかも分からない、山の神にヒナを救うために雨を降らしてほしいと祈願をするために。

木の根に足を取られながら進み続けると、見覚えのない開けた場所が見えてきた。
山には何度も入ったことがあるが、この場所は知らない。
しかし、大きな岩に古めかしいしめ縄が仰々しく巻かれており、いかにも神仏にまつわる場所のように思えた。
四朗にできることはもうない。神仏というものがあるのであれば、今はそれに縋りたいのだ。四朗はその岩に向かって祈願をした。「どうか、ヒナを救うために村に雨の恵みを寄越してください」と。

「それが本当にお前の望みであるか?」
地響きのような、声なのか分からない何かが四朗に語りかけた。
まるでじっと見られているかのような気分の悪い雰囲気だ。周りの見渡してももちろん誰もいない。呆然としている四朗に、再び何かが語りかけてくる。

「本当にそれが望みであるか?」
今度ははっきり聞こえた。妹のヒナを助けるためには雨が必要だ、そう四朗が叫び出すと声の主は愉快そうに笑い始めた。まるで地響きのような、声と呼ぶには似つかわしくないが、言葉ははっきり耳に入ってくる。
四朗があたりを見回すと、岩が震え始めた。そして、カエルのような手足が生え、ずんぐりとした体からは大きな目のようなものが一つと、大きな口らしきものが四朗の目の前にあった。

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