小説

『山の神さま』原田恵名(『山の神さま』(岐阜県恵那市山岡町))

しかし、ある年。なぜ雨が降らなくなった。
来る日も来る日も、村人総出で雨乞いをし続けた。それでも雨が降る気配はない。
誰からともなくこの言葉が村中で囁かれるようになった。

「山神様のお怒りだ」

誰かが、山にいたずらをしたのではないか?
山神様の怒りに触れるようなことをした者は?

厳しい状況が続けば続くほど、誰もが疑心暗鬼になり、原因を探そうとする。原因を断たなければ、生きてはいけなくなるのだ。この追求は、いく日にも渡り、幼い子どもたちも例外なく行われた。

それらしい原因は見つからない。
村長である老人が重たい口を開いた。

「山神様がお喜びになる供物を捧げよう」

供物とは、神に祈りを捧げる際、太古から行われてきた忌まわしき儀式、生贄である。
生贄は若い女性から選ばれるのが一般的であるが、山の神に捧げる生贄には条件がある。

それは、醜い容姿の持ち主であるということだ。
山の神は、醜い姿をしているとされてきた。醜い容姿をしている娘が捧げられると、「自分はこれよりはマシである」と喜ぶから、というのが理由である。

年頃の娘を持つ親たちに緊張が走る。誰もが、自分の大切な娘を生贄にすることなど望まないからだ。

「顔に大きなあざを持つ、ヒナがいただろう」
唐突に声が上がった。ヒナという娘は、生まれながらに顔に大きなあざがあった。
それを恥じて、顔を隠し、人と関わらないように生きてきた娘であった。

「顔に大きなあざのある娘、ヒナ」
これに異論のある者はいなかった。ただ一人、彼女の兄を除いては。
兄の四朗はこれに真っ向から反対した。

「ヒナは、顔に大きなあざはある。しかし、誰もが面倒に思う仕事を何も言わずに自分からやり、子どもたちに顔のことを馬鹿にされても、怒らずに優しく接してやるのがヒナだ。
ヒナに醜いところは一つもない。」

けれど、それに共感するものはいない。当然だ。共感すれば、次は自分の親戚や娘に白羽の矢が立ってしまうだろう。

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