小説

『シャボンの姉』辻川圭(『シャボン玉』)

 「ねえ、私達の名前の由来って知ってる?」
 知らない、と私は言った。千草はぼんやりと泉を見ながら、話し始めた。
 「昔お母さんに聞いたことがあるの。私達が生まれた時、ふとお母さんの頭に草原の光景が浮かんだんだって。そこには千の草があって、辺り一面に素敵な花が咲いている、そんな光景。それで私達は千草と花になった。単純だけど、素敵な由来だよね」
 「そうなんだ」それは私が初めて知ったことだった。
 「でもね、その時私は思ったんだ。千の草なんて、結局雑草じゃないって。どんなに美しい草原でも主役は花で、私はその辺の草でしかないんだって。ねえ、私が何を言いたいか分かる?」
 私は首を振った。千草は真剣な瞳で私を見つめた。
 「私が言いたいのは、花は名前の通り人生の主役になって欲しいってこと。だからこんな所にいないで、もっと外に出た方がいいよ」
 「主役なんてなれないよ」
 私は眉間に皺を寄せた。
 「なれるよ。そのためにはまず進路を決めて」
 「千草も先生みたいなことを言うんだね」
 まさか千草にそんなことを言われると思っていなかった私は、露骨に嫌な表情を見せた。
 「そういうことは先生だけで十分なの。もう気分悪いから帰る」
 私は千草の顔を見ないまま、ぷんと臍を曲げて歩き出した。「花」と背後から聞こえた声に、私は反応しなかった。その声は何だか、悲しそうに聞こえた。

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