小説

『シャボンの姉』辻川圭(『シャボン玉』)

 それから、私は夏休みの多くを秘密基地で過ごした。私が秘密基地に来ると、千草はいつも何かをしていた。ある日は小枝を擦り火を起こしていたり、ある日は小川に足をつけていた。今日はドラム缶を秘密基地の前に運んでいた。何でそんなことをしているのかと訊いても、千草はいつも「何となく」と答えた。けれど、その答えの理由を私は知っていた。きっと千草は暇なのだ。呪縛霊のようにこの地に留まってしまった千草は、遊びに行くことも、何処かに逃げることも出来ない。ただ、ここに居ることしか出来ない。
 私はたまに考える。それがどれだけ苦しいことか。本当なら、早く成仏するように伝えるべきかもしれない。でも、成仏して欲しくない。私はまだ、千草と一緒にいたい。
 「ねえ、今日はこっちに行ってみない?」
 千草は太陽の光を閉ざし黒々としたオーラを放つ雑木林を指差した。
 「いいね」
 雑草をかき分け、枝を折る。時々、足元の虫を踏んでしまう。そうして、私達は今日も冒険をする。
 「わ、こんな所に泉があったんだ。知らなかった」
 黒々とした雑木林の奥には、金の斧が落ちていそうな美しい泉があった。泉の縁にしゃがみ込んだ千草は、そのまま泉の水を一口飲んだ。
 「千草、ろ過もされてない水飲んだら死んじゃうよ」
 「大丈夫だよ。だって私、もう死んでるし」
 千草は私を見て笑った。
 「なんか、千草が死んじゃったって感じがしないや」
 千草の隣に座り、空を見上げた。美しい青空だった。
 「でも、私は死んでるんだよ。だから、花もこんな死人を相手にしないで、やりたいことやって、好きに生きたらいいよ」
 へらへらとした私とは対照的に、千草の声は妙に真剣だった。
 「でも私だけ好きに生きるのも悪いし、千草といれればそれでいいよ」
 私は軽い口調で言った。それに対して、千草は何も言わなかった。少しの時が流れ、千草は口を開いた。

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