小説

『キズをおって』森本航(『飯野山と青ノ山の喧嘩』(香川県))

 もう通いなれた通学路を走る。方向は同じはずだ。
 泉に追いついたら何を言う?
 今まで散々考えてきたはずなのに、すべて吹き飛んでいた。
 全部自分が悪い、なんて。
 だから泉の傍にいる資格はない、なんて。
 どこまで自分勝手。
 目を背けていただけだ。
 苦しんでいるのが、自分だけだと思っていた。 
 許すとか、許されるとか、
 結局、自分の事しか見えていなかったのだ。
 独りよがりで、臆病で、
 その結果、親友だった人を傷付けた。
 目が熱くなる。
 泣くな、私が。
 とにかく走る。
 道の先に一つ、人影が見えた。
 後ろ姿でも、誰だか分かった。
「泉!」走りながら、叫ぶ。声が震えていた。
 久々に名前を呼んだな、と思う。
 人影が立ち止まり、振り返る。
「葵」
 私の姿を認め、目を見開いてぽつりと、私の名を呼ぶ。
 その姿がどんどん近づく。
 そのまま、私は泉に抱き着いた。
 息が切れる。
 ほとんど泣きそうだ。
 でも、それじゃいけない。
 自分から言うんだ。
 泉の両肩に手を置き、自分の体を離す。
 そうして、真正面から泉の顔を見る。
 驚いた表情。
 右目の横に、一筋の傷。
 私は泉の両目を見据え、
 そして、口を開く。

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