小説

『キズをおって』森本航(『飯野山と青ノ山の喧嘩』(香川県))

 本人、というのは被写体である泉のことだろう。許可は下りたわけだ。
「この写真の子、友達なん?」何も知らないふうに聞いてみる。
「友達の友達、やった。今は仲良くなったけど。最初はその友達を撮ろうと思いよったんやけど、『ウチよりええ子おるで』って言われて。小中から同じなんやって」
「へぇ」気の抜けた相槌を打つ。
「目の横の傷、気にしよらんかった?」
 自分の口からそんな言葉が漏れて、ハッとする。
 泉のことを知らないていで話していたのに、不自然ではないか。
 しかし相手は気にならなかったようで、
「むしろ私が気にしよったんやけど、『気にせず撮って』って。『邪魔やったら隠すし、写したかったら写して』言うてたな」
 彼女は言葉を続ける。
「そういう意味では、気にはしとったんかな。『戒め』や言うてた」
「え?」
「昔、仲ええ友達を傷付けた時にできた傷なんよ、って。やけん、戒めも込めて、隠さんようにしとんやって。詳しくは聞かんかったけど」
 聞きながら、私は、肺と心臓を一緒に鷲掴みにされたような感覚に陥っていた。
 心臓が妙に音を立て、呼吸がうまくできない。
 ――私は今まで、何をやっていたのか。
「なあ」動揺が表に出ないように声を出す。
「この子に許可取りに行ったって言いよったやん。あれ、どれくらい前?」
「どれくらいやろ。話して、この写真運んできて今、って感じやな。教室では結構話したな。文化祭で写真褒めてくれた子がおったっていう話もしたで」
 後半はほとんど聞いていなかった。
 私は「ありがとう」と言ってその場を後にした。

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