小説

『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))

 とても優しい。なんて綺麗なの。水の中に火を灯す事はできないけど、私はこの蝋燭の様に身を焦がして貴方を想ってた。貴方に伝えられなかった想いをこの燈に託すわ。ありがとう。
「…!」
 燈から視線を外した瞬間、貴方が目の前にいて、私は息を呑んだ。貴方が駆け寄ってきて、私の濡れた身体に脱いだ着物をばさりとかけた。その時初めて、貴方の顔を間近で見て、自分の意志で抱きしめてしまいそうになり、思わず腕をすり抜けて逃げた。干し上がった海から出た岩の穴に溜まる水に映り込む顔を見て、私はもう里では無い事に気がついた。時がない。あの人に会いに燈に向かおうと思うと、貴方が歩いてくるのが見えた。掟とは何の為にあるのかしら。私は私の情熱をぶつけた。ずっと、待っていたのよ。貴方の心臓がどくどくと血潮を送る音から伝わってきた。貴方が探していたのは、私だったのね。唇を塞ぎ、乳房に温かい舌が吸い付くと、今まで立てていた私の足は力を失った。私はもう人魚に戻ってしまったのかしら。そう思った次の瞬間、股が割られ、貴方の褌にしまってあった亀が私に入ってきた。浜を打つ波の様に激しくて、優しくて、どこまでが私でどこからが貴方かわからない。嗚呼、わかったわ。なぜ掟が存在するのか、なぜ人間を恐ろしい伝説として近づかせないのか。なぜ目を合わせてはいけないのか。これが起きるからよ。これを知ったら人魚は海からいなくなってしまう。私の母が、戻らなかった様に。

 

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