小説

『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))

「人間として生きる方法がある」
 と亀が、若き日の母が伝えた方法を教えてくれた。会ったことのない母と秘密を分かつようで、私は嬉しかった。海に身を投げた女の身体を借りる。姿は私でなくなるという事、人魚である事がばれてはいけない。自分の意志を伝えてはいけない。歌ってはいけない。もし破ったら?
 一度身を投げて、死に損ねた不憫な里は、父を亡くしたあの人の家に連れていかれ、結婚をするという。ああ、私はなんて幸せなのかしら。この人とずっといられるのね。でも私は自分の気持ちを伝えられないの。私から貴方を抱きしめられないの。待っているわ。けれど貴方は来る日も来る日も灯籠の火を灯しに出掛け、誰かを思っているようね。待っているわ。貴方が捕ってきた魚、美味しいわ。私は生きたままでしか食べられないの。だから籠からそのままいただくわ。人間は魚を焼いて食べるのね。貴方は私が魚を食べる姿を見たら悍ましくて、余計に私を嫌いになるわ。

 
 もう、苦しい。私は目の前にいる貴方が、私を見てくれない事が耐えられなくなってきて、三百六十九の夜を超えた大潮の満月に私は海に戻る事にした。ゆうげを終えて貴方が出た後、海に飛び込んだけれど、尾が出てこず、息もできない。私はもう一度陸に上がり、最後に貴方が灯した燈を見に行った。
 

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