小説

『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))

 双方の家は、一族と関係者、約五百名をそれぞれが所有する大型クルーザーに乗せて、東京から太平洋側を通り、瀬戸内海を抜けるクルーズをしていた。カジノやプールを備えた船で、どちらがこの航路を牛耳るかの試験航海だ。裏社会ともつながりがある、マジでギャングスタな連中だ。強面のボディー・ガードを引き連れて、男たちはイタリア製のスーツで決め込み、女たちはひらひらしたドレスをまとって着飾っていた。
 関門海峡で花火大会が開催されるある夏の日。二隻のクルーザーは先を争うように、響灘を北上して、六連島(むつれじま)と、海外からのクルーズ船も訪れる長州出島(ちょうしゅうでじま)の横を通った。小高い場所から海を展望できる福徳稲荷神社、インスタ映えで有名な、海上を渡る角島(つのしま)大橋を回り込む。海際に赤い鳥居が立ち並ぶ元乃(もとの)隅(すみ)神社(じんじゃ)まで行ってから引き換えして南下した。この辺は景色がよいことで有名……らしい。俺には関係ないことだが。
 やがて壇ノ浦で花火が始まった。本州と九州の夜空を巨大な花火の輪が照らし出す。二隻のクルーズ船は危険なほど接近していた。二隻はついに衝突し、平山家の船が沈没する。事故の原因は、花火がよく見える場所を争ったせいとも言われるが真実は不明だ。平山家の犠牲者の中には、幼い子を連れた若い母親がいた。救命ボートに乗っていたが、源内側が救助しなかったという噂もある。

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