「そもそも、欲がある人はマヨイガにたどりけないんじゃないかな」
有希は幸に歩み寄り、それから真っ直ぐな視線を幸へと向けた。今度は、幸もその瞳から目を逸らさなかった。
「仲山さんがパニクってるから冷静になれた、なんて言ったけどね。わたし、隣にいるのが仲山さんだから大丈夫だ、ってどこかで確信していたんだと思う」
言いながら、有希は今日までのことを振り返っていた。
班が決まった時から、「林間学校の間、どうやって一人でやり過ごそう」とそんなことばかりを考えていた。
だけど、幸が側にいてくれた。
『有希ちゃんにも楽しんでもらいたかったから』
自分だって色々と悩みを抱えるなか、それでもなお他人への思いやりを忘れない、やさしい子が側にいてくれた。
「大丈夫だって言うのはね、仲山さんがなんとかしてくれるだろうからって意味じゃないよ。一緒に迷い込んだのが仲山さんだ、ってこと自体に意味があるの。だから、大丈夫だって、そう思ってた」
そこまで言ってから、なんだか照れくさくなり、「うまくまとまってなくてごめんね」と笑って腕時計を見た。
「意外に時間たってないんだね。急いで戻れば、そんなに不自然な時間じゃないかな」
そう言って、来た道を戻ろうとする有希の腕を幸がつかむ。振り向く有希に、幸は「あのさ」と言う。
「川から流れてきたお椀って、どう使われたの?」
「え? ああ、女性が手に入れたお椀ね。あれはたしかお米や麦をはかるためにつかったら、穀物が減らなくなった、とかだったかな」
「そっか。それは宝物になるね」
「うん、そうだね。あ、それじゃあわたし達にもなにか川から流れてくるかな」
冗談めかせて言う有希に、幸は微笑む。
「多分、流れてこないと思う。だって、もうあるから。宝物」
有希も、「そうだね」と言って微笑み返した。
山の中らしいさわやかな風が二人を包む。
門をくぐったときのやわらかな感触を、二人は再び感じていた。