小説

『天翔けるポチの花』阿部凌大(『花坂爺さん』)

 既に充分枯れ果てたはずの老体からも、涙というやつは絶えることなく溢れ出ることを知ると同時に、俺の頭に流れたのは、数年前までこの村で行われていた小さな花火大会を嬉しそうに眺め、吠え、興奮し、駆け回る、あの日のポチの姿だった。
 もしかしたらポチは、最後の礼とでも言うようにこの花火を残していったのかもしれない。だとすれば俺がやるべきことは、一つだろう。

 村に戻ると、既に村人たちは家の外に飛び出し、騒ぎだしていた。
「今の花火、おめえさんかいっ?」
 花火の上がった林から出てきた俺に気づいた茂が駆け寄り、俺にそう訊ねる。
「いんや、ポチだ」
 俺は遺骨とは別に遺灰だけを入れた袋を示し、笑うが、案の定茂は不思議そうな顔をするばかりだった。
「まあ、見ててくれや」
 俺は袋に手を入れ遺灰をまた摘み、それを高らかに振り上げ始める。すれば俺の指先から光線が一気に天へと駆け上がり、それは口をあんぐり見上げる村人らその顔をさながら朝陽の如く照らしつつ、一瞬先には息飲むほどの大輪を花開かせる。
 村人たちの感嘆や無意識に漏れ出す声を上からさらに塗り潰すため、俺は次から次へと遺灰を、まるで撒いていくかのように摘み、打ち上げていく。
 ポチの気遣いか、一発ごとにその花火の色や大きさは違った。そのためいくら打ち上げようとも、その度に新鮮に満ちた光景を俺達に魅せた。

1 2 3 4 5 6 7