小説

『大先生』太田純平(『千早振る(落語)』)

「『たつみ』というのは東南のことだと思います。十二支の、子丑寅卯の、辰、巳で『たつみ』。また『しかぞすむ』は、確かに『鹿』と掛けた掛詞ではありますが、基本的には『このように静かに住んでいる』という意味だと思います。従って、この歌の現代語訳は『私は都の東南にある家で、このように心静かに暮らしています。世間の人は、世の中がイヤになって住む宇治山だと言っておりますが』という意味になると思います」
 新藤の理路整然とした説明に教室は圧倒された。言った本人も平静を装ってはいるが鼻たかだかといった様子。ところが彼のプライドは、先生の次の一言で傷つけられることとなった。
「まっ、そういう解釈も出来るな」
 先生が淡泊に言った。てっきり先生が自分の間違いを認めると思っていた新藤は面食らった。いま僕が言った解説が正しいはずなのに――。
「まっ、今みたいに意見は大歓迎だからドンドン言ってくれ」
 そう言って先生が授業を先に進める。すぐにずり下がってくる黒のスラックスを股上深くまで履き直しながら――。
「教頭のやつ、新藤にマウント取られるなんてダメダメじゃん」
「やっぱ免許持ってないんじゃない?」
「でも吉住の授業よりは面白いけどな」
「まぁ確かに」
 教室の後ろからそんなヒソヒソ話が聞こえてくる中、先生はチェーンの付いた老眼鏡をおでこに乗せると、前列に座っている女子生徒に次の和歌を詠ませた。
「このたびは、ぬさも取りあへず、たむけ山、もみぢのにしき、神のまにまに」
 気持ちを込めて歌にするのは恥ずかしいのだろう。和田という女子生徒が棒読みで詠んだ。学問の神様、菅原道真の一首である。

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