小説

『大先生』太田純平(『千早振る(落語)』)

 鈴木は別に今の授業に頓着が無かった。彼は束の間の休み時間を満喫しようと、他の野球部と一緒にとっとと廊下へ繰り出してしまった。
 新藤はどうか。彼は先生が教室を出て行ってからも、ずっと国語の教科書を見つめたままだった。
「新藤クン」
 そこへ和田さんが来て彼に声を掛けた。新藤が眼鏡のテンプルに手を掛けて和田さんを見る。
「きっと先生は、ちゃんと和歌の意味を全部、知ってたんだと思う」
「え?」
「だってほら、先生が使っている教科書って、私たちが使っている物とは違って、教え方とか、ちゃんと答えが載っているやつでしょう?」
「……」
「先生はあえて自分が間違えることによって、私たちに考えさせようとしたんじゃないかな」
「……」
 彼女の言ったことが本当かどうかは分からない。ただ無知な代理教師だっただけの可能性もある。
 しかし新藤は矢も楯もたまらず教室を飛び出した。まだ間に合うはずだと職員室のほうへ駆ける。やがて廊下の先から彼の叫び声が聞こえた。
「先生!」

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