小説

『大先生』太田純平(『千早振る(落語)』)

「花の色は、うつりにけりな、いたづらに、わが身世にふる、ながめせしまに」
「先生!」
 女子生徒が詠み終えるや否やまた声が上がった。
「こいつスマホでカンニングしてます!」
 叫んだのは新藤の斜め後ろの生徒、水町だった。
「新藤のやつ、スマホで和歌を検索してました! だからあんなにスラスラ正解が言えたんだと思います!」
 指摘された新藤は咄嗟に机の中にスマートフォンを隠した。この学校では携帯電話の持ち込みは校則で禁止されている。それが無論、名ばかりなものであったとしても。
 先生はつかつかと新藤の前に歩み寄ると、すっと手を差し出した。携帯電話を出しなさい、という無言の圧力である。血の気が引いて青白くなった新藤は、机の中からスマートフォンを取り出すと、素直に先生へ渡した。先生は何も言わなかった。ただ預かった物を持って教壇へ戻るだけであった。
「ざまぁみろ」
 新藤の不正を暴いた水町が聞えよがしに言った。羞恥か恐怖か新藤は小刻みに震えている。
「花の色は~うつりにけりな~いたづらに~わが身世にふる~ながめせしまに~」
 先生が唐突に詠んだ。嫌な雰囲気を払拭するような明るい感じで。詠み終えた先生が教卓の上の出席簿を見る。
「ええっと、新藤クン?」
 呼ばれた新藤がビクッとする。
「キミはこの和歌をどうみる?」
「えっ」
「この和歌は一体どういう意味だと思う?」
「……」
 新藤は何も答えられなかった。クラスの皆が自分を笑っているような気がする。先生もそれを分かっていて自分を指名したのではないか。復讐か懲罰のつもりで。新藤の脳裏を負の感情がぐるぐると巡る。
「間違ってもいいんだ。キミの感じたままを言ってみなさい」

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