小説

『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)

 五月蝿いわねぇ、雀の噂話。私はもう、タカハシじゃないわ。私は・・・
 誰だったかしら。

「高橋さん、明日ご家族と面会があります」
「了解です」
「普段のご様子を聞きたいそうだから、担当の山上さん、10時からね。面談室が空いてないからサンルーム使って」
「面談の間ご本人はどちらへ」
「一緒にサンルームでいいでしょう。日なたぼっこでもしてもらって、面談は隅に椅子を用意するので。ええと、他の入居者については・・」

 翌日、一人の女性が施設を訪れた。スタッフがサンルームへ案内する。
 高齢の女性が車椅子に掛けていた。
「高橋さん、ご家族がお見えですよ」
 スタッフが声を掛けるが目は虚だ。
 挨拶を交わし、二人は隅の椅子に掛ける。スタッフは入居者の健康状態や普段の様子を報告する。
「日に依って違う所はありますね。体調の良い時はたくさんお話して下さいます。先日は日記を本にして出版したいから、清書をして欲しいと仰いまして」
「本?」
「私的な内容だからと一旦お断りしたんですけど、活字になった状態を見たいということでお引き受けしました。ご主人との恋愛事情も書いてありますから、出版前には娘さんにも承諾を得た方が、と申し上げたのですが。お聞きですか?」
 女性はキョトン、と一瞬言葉を失った。

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