太郎は首を振った。
「君も眠ったらいいよ、降りるのはまだまだ先だから。眠らないとわからないこともあるんだよ」
チューターは訳は教えずに、そのまま目をつむって背もたれに体を預けると、静かに小さく息を吐いて、そのまま眠ってしまった。
メトロノームのように揺れを刻む車体に呼応して、天井からぶら下がった吊り革が一糸乱れず振れていた。車窓の向こうには、変わり映えしないビルの姿が流れ続け、寝息が音楽のように鳴っていた。確かに、このゆりかごならば、眠れるかもしれない、と太郎は思った。ここで眠ればニューヒューマンの道は断たれるが、もう迷いはなかった。太郎は覚悟を決めて、目をつむった。そして三年ぶりの眠りが訪れるのを待った。
誰かにタップされた気がして、太郎は目を開けた。周囲の人は皆、眠っていた。気のせいだろうか。いや、確かにタップされた。太郎は席を立って、もう一度車両の中を見回した。すると、後ろの車両との連結部の扉がゆっくり閉じようとしていて、その向こうに人影が見えた。とっさに、太郎は駆け出した。ただ腹立たしい気持ちがあるだけだった。もう眠りたいんだ…太郎の手は、閉まるすんでで扉のハンドルをつかんだ。
その瞬間、警笛が鼓膜を突き破るように鳴って、列車は地下に入り、車窓の景色は暗転した。車内灯もチカチカ点滅した後、消えてしまった。車内は、圧倒的な暗闇に支配された。