小説

『三年寝ず太郎』y.onoda(『三年寝太郎』(山形県))

 改札に着くと、丸眼鏡のチューターがあくびをしているところだった。いつもの地味なスーツ姿と違って、上下ともに黄色のスウェットで、イチョウの葉っぱをまとっているみたいだった。
 チューターは太郎に気がつくと、ポケットの中から切符を取り出した。
「これ、降りるときに精算するから」
と言って差し出した切符は、隣駅までしか行けない切符だった。
「ちょっと遠いけど、君、時間あるでしょ」
と言って、チューターはICカードでさっさと改札を抜けていった。
 チューターは、やってきた電車を二本見送った。どちらの電車も混雑していて、乗客はスマートフォンの操作に忙しそうだった。三本目の電車はあかちゃけた車体で、前の二本とは随分色合いが違った。時々通る電車らしい。行き先の字が難しくて、太郎には読めなかったが、二人はその先頭車両に乗った。
 ひだまりにくるまれた車内は、差し込む陽光も、季節をひとつとばして春を催しているようだった。
 乗客はまばらで、チューターと太郎はドア口の座席に難なく腰を下ろした。列車が動き出すと、正面の長椅子に座っていた人は皆、一様に揺れた。それで太郎はどの人も眠っていることに気がついた。人の寝顔が並ぶのを、太郎はまじまじと見てしまった。
「電車はさ、この国のゆりかごなんだ。この国の人は、みんな眠れているようで、眠れていない。いつも忙しいからね。でもここなら眠れる。どうしてかわかる?」

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