小説

『とある夫婦とブランコ』真銅ひろし(『夢を買う』(新潟県))

 妻がブランコを漕ぐのをやめた。こちらをじっと見つめてくる。見つめるだけで何も言わない。
「・・・何?」
「ねえ、あなたはお笑い芸人をやり始めて何年たつの?」
「32年。」
「長いわね。」
「うん。」
「先の事が不安?」
「・・・うん。」
「成功出来ないかも知れないから。」
「・・・うん。」
「お金も。」
「うん。」
「健康面も不安?」
「うん。」
「妻への罪悪感も一杯?」
「うん。」
「でも、まだちょっとお笑いやりたい?」
「・・・うん。」
「・・・。」
 妻は何も言わずに立ち上がる。
「帰ろう。」
 そう言って手を出してくる。妻は微笑んでいる。
「どうしたの急に。」
「いいから。ほら。」

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