小説

『とある夫婦とブランコ』真銅ひろし(『夢を買う』(新潟県))

 こちらの気持ちも汲んでくれたのだろうか、こちら側の話は深く聞こうとはしなかった。
 別れ際に和也が「お前、先生向いてると思うよ。」と言った。

 53歳。職業・お笑い芸人。だけどお笑いだけで食べて行けていない。結婚もしてるし、息子もいる。その息子も21歳。家電量販店に勤めて、近々恋人と結婚する予定らしく家にはもういない。よく自分もここまで子供を育てて生活してきたなと改めて感心する。そんな自分に突然の『先生』の誘い。常勤で働くという事は芸人の活動は出来なくなるし、この歳で活動しなくなったら、ほぼ『辞めた』事に等しい。

 
 妻の美和は特に否定も肯定もせずに「どうするの?」とだけ聞いてきた。もう少し前のめりに詳しく聞いてくると思ったが、全くそんな事はなかった。
「どうしよう?」
「私に聞かないでよ。自分の事でしょ。」
 夫婦の事でしょ。と言いたくなったがやめておいた。
「先の事を考えてだよ。」
「もう先にいるでしょ。30代、40代じゃないないんだから。」
 美和は呆れたように笑う。何か達観したものを感じる。さすがここまで一緒にいてくれた妻だと感心する。

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