小説

『白蝶』木戸流樹(『鶴の恩返し』)

「急にやる気を出したからって役をもらえるほど、甘い世界じゃないのよ。全く基礎が整っていないわ。」
「……はい。」
「……あなたがオーディションに落ちて泣いたのなんて何年振り?」
「……わかりません。」
「ひとつ、あなたが自分の中で何かを乗り越えたのがわかるわ。ここに残ると決めたのね。」
「はい。」
「あなたが迷っていた時間はとても重要な時間よ。一度折れて立ち上がった人間は強いわ。」
「はい。」
「あなたはここからよ。」

 帰りの電車、席はガラガラだけど座らない。今までより足が軽い。帰り道、泣き腫らした目を隠すために帽子を深く被りながらスキップ。目と帽子の隙間から涙は溢れるけど、笑っちゃうくらいに清々しい。
 涙と帽子でほとんど何も見えない視界の端っこに、あのモンシロチョウが通り過ぎていった気がした。

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