「忘れ物を取りにきたの。あと、ジュンヤやみんなに会いたくなったの」
女はゆっくりと柔らかい声で、再会を喜ぶように呟いた。それは、喧噪と欲望とあらゆる汚れに塗れた歌舞伎町には似合わない音だった。ただ、春の初めに漂う、少しひんやりとした寂寞感と希望が混ざり合う早朝には、とてもよく合っていた。
「草履、見つかりませんね！」
サクトは二人のやり取りには見向きもせず、ごそごそと近くのビルの隙間を覗き込んでいた。そんな彼の様子を見て、京華はふふと笑い、
「ありがとう。でも、もう行かなくっちゃ」
と言った瞬間、赤い派手なドレスを着た女が猛スピードで走ってきた。スカートが春風いっぱい吸い込んで、ひらひらと蝶のように舞っていた。「ちょっと、どいて！」と叫ぶので、彼女に道を空けたのに、派手に転んでしまった。女は擦り剥き、血が出ている膝をもろともせず、ヒールを脱ぎ捨て、またも全力疾走し、角を曲がっていった。ジュンヤとサクトはあっけに取られているが、京華は不思議なほど落ち着いていた。
次の瞬間、狭い路地なんてもろともしない猛スピードの黒いワゴン車が、三人の前を通り過ぎ、女が曲がった角に向かって行った。京華は脱ぎ捨てられたハイヒールを拾い上げ、そっと先ほど居た雑居ビルの前に置いた。
